ブログ

*この物語は、私、大友哲哉が今のシゴトをするまでのストーリー。目次はこちら

私が「家族の幸せ」と「不動産のカタチ」を、
意識し始めたのは、17歳。
高校3年生のときです。

そのキッカケは両親の離婚です。

世間的に離婚は珍しくはないものの、
まさか自分の両親が離婚するとは!
…思いもしませんでした。

17歳の私は、その原因を
住まい
にあると考えたのです。

そこで、いつか再び、

オレが家族の戻ってこられる住まいを手に入れる!

そう決意して、
建設・不動産業界を志し、
明海大学不動産学部に入学したのです。

ですが、しばらくして、
「家族の幸せ」と、
「新しくて広くてきれいな住まい」は、
それほど関係がないことに気づきました。

その一方で、大学の講義や、
宅地建物取引主任者の資格勉強を通して、
不動産の楽しさを知りました。

そうして就職氷河期にあっても、
一部上場不動産会社に
入社して社会に出ることができたのです。

ところが、またここで、
家族の幸せと「不動産のカタチを、
考えざるを得ないことに直面しました。

あたりまえのことなのですが、
住宅の分譲会社ー、
土地を仕入れて住宅を建設して販売する会社、
とは、その住宅を販売するのがシゴト。

その家族が幸せになるのかどうかは
考えることはしないのです。

むしろ、お客様に考えさせないのです。

なぜなら、お客様が考えてしまうと、
家を買えなくなってしまうからです。

つまり不動産会社は
マイホーム=家族の幸せ
とはならない、
ってことを認めているのです。

ココに違和感を覚え、
上司に聞いてみました。

家族の幸せ」と「不動産のカタチ

について、
お客様に考える機会を
つくらないのか? と。

そのときの回答はこんな感じでした。

「お前はアホか!」
「それで家が売れるんならやってみろ!」

それで売れるんなら売ってこい!

それで売れるんなら売ってこい!(写真はイメージです)

・・・

しばらくしてこの会社は破たんしました。

やはり、お客様の幸せを考えない会社は
いや、こうした業界は、
永続できるわけがない。

そう決心した私は、
いずれ独立し、世の中の人たちに、

家族の幸せ」と「不動産のカタチ

について考えるキッカケと知識、
そして考え方について、
伝えていきたいと決意したのです。

 

 続き<第一章-1)起業して中古マンションの仲介をするも…>を読む


大友哲哉のブログを少しでも楽しんでいただけた場合は クリックしていただけると、とても嬉しいです!